縛らない介護をすすめよう
 身体拘束をやめることは、ただ、縛らないということではありません。縛らないで介護できるということは、そこで行われる介護がすべて変わることになります。現状の介護をやめて新しい一歩を踏み出そうということです。本原稿は、日本社会事業大学の学生と教員による研究グループ(学部4年 鷲山浩章 秋葉美穂 猪田秋枝 移川宏美 斎藤友里 山下りさ、 学部3年 種村佳恵岩鶴宣恵、社会福祉学部助教授 渡辺)が行った研究の成果をまとめたものです。縛らない介護の中でも車椅子ベルトに焦点をあてて報告いたします。
私たちは縛らない介護をめざしています。

「縛らない介護」研究グループの歩み

「縛らない介護意識調査」

<車椅子ベルトをはずすためのステップ>

 ステップ1
 車椅子ベルトは安全のため?イイエ、縛る道具です。車椅子ベルトはやめるべきです。

 あなたは福祉施設で車椅子に座っている人がベルトやヒモで車椅子に縛られているのを見たことがありますか? 車椅子ベルトは、「安全ベルト」という名称で普及しています。安全ベルトという名称は、ほんとうに安全のために必要なベルトであると錯覚してしまう名称です。ジャリ道を車椅子で散歩させるときには安全のために一時的に使う必要があるかもしれませんが、車椅子ベルトはシートベルトとは違います。本人がはずすことができないベルトを8時間ずっとつけて立ち上がることも動くこともできない、それを安全ベルトと言う名のもとに使って、それに頼らなければ介護ができない、これはすぐに変えなければなりません。
 介護現場では、よくないことをしているという意識がなく、すべり座りを防ぐのに役立っているとか、歩きまわると転倒するかもしれないからベルトで縛って車椅子に座らせておこう、と、安易にベルトが使われている状況があります。これまでの研究ではっきりしていることですが、ベルトは、すべり座りを防ぐのには何の役にも立ちません。立つと転倒するかもしれないからベルトで縛るというのは間違っています。このようなベルトの使用はすぐにやめるべきです。

 ステップ2
 何が身体拘束か、何がよくないことか、意識づけしよう。

身体拘束とは具体的には次のような行為を指します。実際にヒモで縛っていなくても、介護着といわれるつなぎ服を着せることや、薬で動けなくすることや、行動を制限することは身体拘束です。
(1) 徘徊しないように、車いすやいす、ベッドに体幹や四肢にひも等で縛る。
(2) 転落しないように、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る。
(3) 自分で降りられないように、ベッドを柵(サイドレール)で囲む。
(4) 点滴・経管栄養等のチューブを抜かないように、四肢をひも等で縛る。
(5) 点滴・経管栄養等のチューブを抜かないように、または皮膚をかきむしらないように、手指の機能を制限するミトン型の手袋等をつける。
(6) 車いすやいすからずり落ちたり、立ち上がったりしないように、Y字型拘束帯や腰ベルト、車いすテーブルをつける。
(7) 立ち上がる機能のある人の立ち上がりを防げるようないすを使用する。
(8) 脱衣やおむつはずしを制限するために、介護衣(つなぎ服)を着せる。
(9) 他人への迷惑行動を防ぐために、ベッドなどに体幹を四肢をひも等で縛る。
(10) 行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服用させる。
(11) 自分の意志で開けることのできない居室などに隔離する

 ステップ3
 縛ることは単に行動を制限するだけではなく、さまざまなことへ波及し、死へつながる可能性があります。

 「縛らない看護」(医学書院)の執筆者、吉岡充氏は、「抑制死」のことを書いています。何も考えずに安易に、事故防止のため、本人のため、治療のため、いろいろなことから縛ることが行われています。が、抑制は死を招くことになっているというのです。縛ることは、尊厳や権利ばかりか、意欲も、すべての行動を奪い、筋力を落とし、全介助の寝たきりへ、死へとつながります。縛ることによる弊害があることを知ってください。

 ステップ4
 縛るのはしかたがないというあなた、逃げないでください。

 縛る職員の意識の根底には、神話が信じられています。現場はいつも人手不足で走り回っている状態です。その中で縛ることをやめようというのは無理と思われているのです。「縛ることはやむをえない」と思っている施設長・職員が恐れるのは「事故」です。転倒は事故、法的責任を問われたときに対処できないから縛る、というのです。あなたは、4時間ずっと、ただシートを張っただけの車椅子に座り続けることができますか?あの縛られた人は将来のあなたかもしれません。あなたは、「やむをえない」「どうぞ縛ってください」と言うでしょうか。今、現場を変えなければ、将来も同じ介護が行われているのです。それでよいのでしょうか?縛るのをやめるのは、今、あなたです。逃げてはなりません。
縛るのはしかたがないと思っている人が信じている、誤った5つの神話
(1) 老人は転倒しやすく大きな怪我になってしまうので、抑制されるべきである。
(2) 障害から患者を守るのは道徳的な義務である。
(3) 抑制しないと、看護者や施設の法的責任問題になる。
(4) 抑制しても老人にはそんなに苦痛ではない。
(5) 抑制しなければならないのは、スタッフが不足しているからである。

 ステップ5
 縛ることは国の規定で禁止されています。

 特別養護老人ホームや老人保健施設や長期療養型の病院では、原則、身体拘束は禁止です。
介護保険法における介護保険施設に対する指定基準「身体拘束禁止規定」
 「サービスの提供にあたっては、当該入所者(利用者)又は他の入所者(利用者)等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体拘束その他入所者(利用者)の行動を制限する行為を行ってはならない」
 「緊急やむを得ず身体拘束を行う場合には、その態様及び時間、その際の利用者を心身状況、緊急やむを得なかった理由を記録しなければならないものとする」

 ステップ6
 縛る理由を探す、理屈づけをしてはなりません。

 身体拘束は原則禁止なのであって、やむをえない場合にはやってもよい。と思われています。個別状況をアセスメントすることが、縛る理由を探すことになってしまっては本末転倒です。
■ 緊急やむを得ない場合とは 
  以下の3つの要件をすべて満たすことが必要
  ◎ 利用者本人または他の利用者等の生命又は身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと
  ◎ 身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと
  ◎ 身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること
 本人の日常生活等に与える悪影響を考慮。身体拘束を行わずに介護するすべての方法の可能性を検討し、他に代替手法が存在しないことを複数のスタッフで確認する必要がある。拘束の方法自体も、最も制限の少ない方法を選ぶ。

 ステップ7
 まず施設長、トップが「縛ることをやめよう」と決断することです。

 縛ることはしかたがないことだ、安全のために役立っていると思う施設長がいる限り、現場の介護職は何もできません。施設長が「やめよう」と言ってくれれば、それだけで、新しい介護をやろうという風が吹きます。トップの決断で、安易に、なんとなく、行われている車椅子ベルトはすぐにはずせるはずです。

 ステップ8
 具体的に車椅子ベルトをやめる方法についての知識と技術を持とう。

 なぜ車椅子ベルトをしているのか、その理由はさまざまです。表に、ベルトをしないでも抑制をしない工夫をまとめました。ぜひ、参考にしてください。



<拘束している理由、車椅子ベルト>

 以下の内容は、日本社会事業大学4年生 猪田秋枝作成の卒業論文の一部です。(2001/12/1)
抑制している理由 抑制をしない工夫
・身体の拘縮や傾きにより、座位保持が困難なため、ずり落ちを防止するため。
・体を支えることができない,平衡感覚のアンバランスで前方に転倒することを防止するため。
・自力で足で蹴って車椅子を操作する時、ベルトがあると体のずれが抑えられ、バランスがとりやすい。
・座位保持困難な入所者を離床させ、行動範囲を広げるため。
・車椅子に長時間座らせたままにしないよう、アクティビティをする。
・車椅子は「椅子」ではなく、移動の手段であると考え、食事の時などは「いす」に座っていただく。
・本人に合った椅子を選ぶ。
・バランス感覚向上のためのリハビリ。
・筋力アップのためにリハビリ。
・体に合った車椅子を使用する。<第6章8参照>
・床に足がしっかりつくよう、体に合った高さに調節する。
・安定のよい車椅子を使用する。
・ずり落ちないように、滑りにくいメッシュマットを使用する。
・適切なクッションを使用したり、クッションのあて方を工夫する。
・一律の起床時間によって覚醒もおぼつかないままの座らせてるのではないか。
・起こされた後は疲れても横になれないような対応をしているのではないか。
・見守りの強化・工夫。
・職員が見守りやすい場所で過ごしてもらう。
・職員が一人体制の時は、一緒に行動する。
・機能や体力の低下により、立位が保てない、あるいは歩行が不安定なため、車椅子から移動しようとした時の転倒防止。
・歩行すると転倒するため、車椅子に座らせるため。
・立ちあがる原因や目的を究明し、それを除くようにする。
・排尿や排便の要求がある。
・座位時間が長くなって座っていることに飽きている。
・座位時間が長くなって、苦痛を感じている。
・転倒理由
・身体的要因 : 疾患から体力とバランスの低下が起こっている。
・心理的要因 : 痴呆性高齢者の欲求が満たされなかったり、不快な刺激が加わった時に不安や不穏症状が出現する。
・医原性のもの、特に向精神薬の副作用により、ふらつき、覚醒不良おこる。
・歩いて転びやすいのは麻痺や筋力低下や膝の障害などが合併している可能性がある。
・車椅子は「椅子」ではなく、移動の手段であると考え、食事の時などは「いす」に座っていただく。
・本人に合った椅子を選ぶ。
・バランス感覚向上のためのリハビリ。
・筋力アップのためにリハビリ。
・体に合った車椅子を使用する。<第6章8参照>
・床に足がしっかりつくよう、体に合った高さに調節する。
・安定のよい車椅子を使用する。
・適切なクッションを使用したり、クッションのあて方を工夫する。
・見守りの強化・工夫。
・職員が見守りやすい場所で過ごしてもらう。
・職員が一人体制の時は、一緒に行動する。
・転倒しても骨折やけがをしないような環境を整える。
・水やごみが落ちてないか。
・台車等、ふだん置かないもの、介護者側の都合だけのもの、ちょっとだけと思って置く物が危険である。
・利用者がぶつかったら一緒に倒れてしまうような、スタッフや家族だけが使用するような軽い椅子などは移動しておく。
・車椅子のストッパーは必ずかけるようにする。
・弾力(クッション性)のある床材やカーペットを使用する。
・手すりなどを設置する。
・車椅子のフットレスは必ず上げておき、立ちあがった時に車椅子ごと転倒しないようにする。
・滑りにくい履き物をはく。
・アクティビティなど、活動による良い刺激を与え、日中の覚醒と夜間の良眠を促し24時間の生活リズムを整える。
・骨折経験から本人または家族の希望。 ・抑制によって引き起こされる弊害を説明する。<第6章2参照>
・施設として抑制を行わない方針であることを説明する。
・家族が納得できるまで待ってもらうことも必要な条件だが、抑制をはずして、介護者が見守りを行いながら。家族に利用者の表情を見てもらう。
・家族が同席している時は抑制をはずし、抑制をしていない方が快適であるという実態を分かってもらう。
・骨折の治療などにより安静を必要とするために一時的につけている。
・現状維持を考え寝たきりになってほしくない。
・抑制によって引き起こされる弊害を説明する。<第6章2参照>
・本当に必要であるかどうか、もう1度再検討してみる。
・車椅子ベルトは抑制であるという意識も持つ。
・本人に合ったものがない。 ・本人に合った車椅子を再検討して見る。
・体に合った車椅子。<第6章8参照>
・床に足がしっかりつくよう、体に合った高さに調節する。
・安定のよい車椅子を使用する。
・ずり落ちないように、滑りにくいメッシュマットを使用する。
・適切なクッションを使用したり、クッションのあて方を工夫する。
・座面・背もたれの上質なもや身体に合ったものがない(価格が高い)。 ・普段使っている車椅子に工夫して、座り心地のいい車椅子を検討する。
・車椅子は「椅子」ではなく、移動の手段であると考え、食事の時などは「いす」に座っていただく。